『現―うつつ―』








ゆめゆめ
浮世は甘い霧の中
現の境を虚ろにさせる



濃霧の河辺
死に損ないの狼は
折れた牙をぶら下げて
偲ぶ唄を詠っている

我は流れに乗り損ねた魚なり
口惜しくも遺され、ただ漂う
生きるに生きられぬ
死ぬに死ねぬ
緩慢な流れに身を任せ
ただ己の時を待っている


知っているか
その命は託された祈り

忘れてしまうな
お前たちが笑う、その下に
死者の魂が眠っている

忘れてしまうな
お前たちが歩む、その下は
先祖の血が染み込んでいる

現の人よ
安穏に身を委ねるな
牙を失った獣は
やがて絶えゆくのが世の定め


八百万
先祖代々神々の血は
絶やしてはならぬ

産めよ増やせよ大和の子
強く逞しく健やかに


ゆめゆめ
ゆめゆめ
忘れるなかれ

濃霧の河辺
流れが変わるその度に
偲ぶ唄が響き渡る



ゆめゆめ
浮世は今日も流れてゆく
現は変わらず
詠う唄は聞こえない





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